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アメリカの税務調査の不思議

最近のウォール・ストリート・ジャーナルに、アメリカでの税務調査率がここ数年下がり続けているという記事が載った。2018年は全確定申告者数のわずか0.59%で、昨年の0.62%を下回り、過去7年ずっと下降し、2002年以降最低となっている。特に収入1000万ドル(11億円)以上の富裕層については、税務調査率がひどく下がっている。2018年の富裕層の税務調査率は6.66%で2008年以降最低となっていて、2017年の14.52%を大きく下回った。収入100万ドル(1億1000万円)から500万ドル(5億5000万円)の申告者の税務調査率は更に低く、2018年は2.21%で、2017年の3.52%より下がっている。

 

最近はほとんどが電子申告で、効率が上がっているというものの、IRS全体では縮小傾向にある。インフレ調整後(日本ではない)では、2010年をピークに2019年度には予算が19%も縮小し、国税職員数でも2018年度は8年前に比較すると21%少なくなっていて、税務調査を行う部署の人員も2010年から2017年にかけ38%も減少している。この原因の一つに、オフショアでの資産隠蔽調査及びAffordable Care Actの実務を担当する人員を増やしていることが挙げられる。

 

アメリカが広いと思うのだが、この一方で税務調査がやたら多い地区がある。どこか?ミシシッピ州のハンフリーズ郡である。一世帯当たり平均年収が2万4000ドル(270万円)を下回る低所得者層の集まる地域である。ここでの税務調査率は全体の4.81%で、アメリカ全国平均を遥かに上回る。税務調査率が平均より高い地区は、その他、ルイジアナ、アラバマの南部からテキサスの一部等マイノリティの多い地区に固まっており、白人の多い地区ほど低くなる傾向にある。

 

これはなぜか?多分日本人には理解できない。アメリカに住んだ人は別だが。
これら低所得者層にはEarned Income Tax Credit(EITC)という 特別な税額控除が認められているのである。この税額控除額は、親が働いており、子供が多ければ多いほど大きくなる。ただし、子供が実際この控除の恩恵にあずかれるかどうかは親子関係、年齢、居住等資格条件による。低所得者層はこのEITCを利用し税金の還付を受けようとするわけだが、この子供の資格条件を濫用し、還付金を多く受け取る輩が後を絶たないため、税務調査率が高いとされている。

 

しかし、低所得者層に対する税務調査による税金回収額は小さく、むしろ富裕層に対して税務調査を行ったほうがその回収額は大きいだろうとの意見もあるが、富裕層の節税対策は複雑であり、査察官もそれなりのスキルと規模が必要で、IRSには手間暇のかかる大がかりな仕事となる。日本での節税対策も段々と複雑化され、並の税務職員では太刀打ちできない事態が生じている。一方、EITCの濫用の取締りは資格条件を満たしているかどうかの機械的な仕事であり、どんな査察官もできる仕事だ。1件当たりの金額は小さいが、低所得者層をローラー作戦で行えばかなりの回収を図ることができる。

 

これら低所得者層の地域では、過去10年で何回も税務調査が入ったという人が何人もいる。現にIRSの予算増加がなかなか議会を通過しないのは共和党議員が反対していることが多く、民主党は、これは低所得者層を狙い撃ちにしている現状を変えたくない一方、富裕層を守る共和党の作戦だと非難をしているが、アメリカでは政権与党が富裕層を守るのは常識である。日本の富裕層もアメリカに移民したいのではないか?

 

 

☆ 推薦図書 ☆
丹羽宇一郎著 『「働き方改革」が日本をダメにする』 文藝春秋六月特別号 1000円(税込)
著者は、仕事を制限することは幸福を制限することだと言い切る。伊藤忠商事トップから中国大使まで務めた人である。働き方改革で最も重視されたのは長時間労働の是正である。一生懸命仕事をしていたら、時間をオーバーしてしまうことはいくらでもある。残業代が欲しくなくて遅くまで残っている奴には、いくらでも仕事をやらせておけばよいのではないか。イチローや将棋の羽生善治氏らは睡眠や食事以外のときは、ほとんど仕事のことしか考えていなかった。最近の大会社では翌日に疲労を残さないために、社内の人だけで行う飲み会は一次会まで、夜10時には終えることを徹底している企業もあるという。幼稚園児じゃあるまいし、なぜ自分の金で酒を飲むことを会社に規制されなければならないのか。上から「早く帰れ」と言われて、帰ってもいい職場がどれだけあるのか。鳴り物入りで始まったプレミアムフライデーだって、今や誰も話題にしなくなった。
自分の意志で、長く働く、これは本人の肥しになる。それを法が規制して奪ってはならない、と。

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