この事件は、パナソニックが海外に持つ持株会社の機能を、オランダ子会社に統合するためにアメリカ子会社の株式をオランダ子会社に譲渡した。この譲渡価額をめぐって、ひと騒動が起こったのである。パナソニックが決定した譲渡価額は低いとして、東京国税局は否認したのである。その決定を不服としたパナソニックが東京国税不服審判所に提訴した。国税不服審判所は裁判官、検察官、弁護士、税理士、国税局職員などそれぞれで構成されているが、私は不服審判所を「第二の税務署」と呼んでいる。大体、納税者は税務署の決定を不服として不服審判所まで行くが、そこで、あきらめる。これから先は裁判所になるので、弁護士費用などの裁判費用がかかる。しかも長期間になる。しかし、パナソニックぐらいになると、勝てる自信があると、国税局を相手に訴訟を起こす。昔と違って国家権力相手に堂々と渡り合う法人・個人が増えたのである。今回の訴訟で、東京国税局は日本しか知らないドメスティックな組織であることが露呈した。一方のパナソニックは、さすがインターナショナルである。この株式の価額をめぐって争われた事件で東京地方裁判所民事3部(篠田賢治裁判長)は国側全面敗訴の判決を下した。裁判では、いろいろ争点があったが、1番の争点は、パナソニック・アメリカ子会社が保有する子会社株式の価額算定、つまりDCF(Discounted Cash Flow)による算定において両者が大きく食い違った。DCF法とは、簡単に言うと事業計画書からその会社が将来どれくらい現金(キャッシュフロー)を得るかを計算し、将来の不安定性、不確実性などのリスクを割引率として考慮し、現在の企業価値を求めるものである。この計算式のなかに「余剰資金」という極めて需要な項目がある。余剰資金とは、企業が事業運営に必要な資金を超過して保有している資金の事をいい、これを非事業資産として、扱い計算するのである。国税局はCMS預け金(グループ全体の資金を親会社が一元管理するシステムのこと)すべてを余剰資金だとした。一方パナソニックは偶発債務など海外では考えられることから、CMS預金のうち1億9770万ドルは事業資金だとして争った。判決に於いて、地裁はアメリカ子会社がする航空機ビジネスをするうえで、買掛債務の支払いや棚卸資産の維持、突然の資金需要にそなえ手元に現預金を置いておく必要性が高いとし、国税庁はCMS口座の残高にこだわるが、その口座に集められた資金は、事業、非事業に関わらず、オートスイープにより自動的に集まったものにすぎず、東京国税局の主張に合理性がないと切り捨てた。一つの口座にたまたま集まった金が同じ目的に使用されとは限らない。地裁がパナソニックの主張を取り入れたのは海外でのリスクである。そりゃそうであろう、海外で事業を展開していると、アメリカでさえトランプ大統領が、いきなり関税を持ち出すし、チャットのように少年に自殺を進めたとして何百億円かを訴えられた企業もある。日本ように長い裁判を経ての賠償金決定や、法案を上程しても、国会で予算委員会から本会議決定まで時間がかかり、決定しても施行するまで、また時間がかかる国ではないのである。税務調査で海外事例によく直面するが、税務職員のあまりにも海外知識が無いのに落胆する(皆が皆そうではないが)のと同時に、この裁判を通じて、若い国税職員にはもっと勉強してほしいと思う。語学もそうだが、国際的に身を付けた知識は、たとえ税務署を辞めたにしても必ず役立つはずである。いまの国税職員は組織のせいであろうが、このままの状態が続けば海外の目まぐるしく変わる税制や社会に追いついていけなく、知らないゆえの誤った判断が横行するのではないかと危惧する。これからますますインターナショナルな事案が増えるであろうから。
★ 推薦図書。
ボストンコンサルティンググループ編 「全社デジタル戦略 失敗の本質」 日経BP 2970円
IT/デジタル投資で、日本における様々な業界の様々な企業が取り組みに失敗している。日本企業がなぜIT投資に失敗するのか。本書はその本質を解説している。失敗例で多いのがERP(統合基幹業務システム)を自社の業務に合わせてカスタマイズする企業や、メインフレーム上の期間システムを導入している企業が多い。こうした更新の難しいレガシィシステムがIT投資失敗の原因になっている。失敗しないためには、どのような目的で、どのくらいの期間・コストをかけて、どんなやり方で、何を成し遂げたいのか明らかにする。この方針に従って、事業部門が実現したいことを洗い出していく。そして実際にシステムを開発していくが、安易に妥協せず、しっかりと立ち止まることである。いずれにしても経営陣がしっかり点検しなければならない。この書はなかなか読みこたえがあり、社長といえども門外漢に置かない。コストのかかることなので、ぜひ一読を進めたい。
