認知症の老人をめぐる贈与税課税

今回は老夫婦の贈与税をめぐる問題。これからの日本社会の高齢化によくあることで、認知症の夫と健全な妻との間に国税が介入した事件。

 
今回の事案は、介護有料老人ホームに入居している夫(アルツハイマーで完全に判断能力、意思伝達能力が無い状態)の老人ホームの費用や生活費が足りないため、夫所有の不動産を処分してそれに充てようとした。妻が不動産業者と交渉して売買成立かと思われたが、不動産業者の方は、宅建法の関係から売却する土地所有者の本人の意思確認を求めた。完全なアルツハイマーの夫を不動産業者と面会させると、この売買は成立するはずもないと思った妻が考えたことは、この土地を妻名義にして売却する方法。つまり、夫から妻にこの土地を贈与させて妻名義になったところで売却すれば、土地所有者の意思確認も可能だからだ。贈与するには、権利証、実印、印鑑証明書があれば充分である。登記所がする贈与者本人の意思確認はハガキである。接見することはない。
 
そうしてめでたく妻がこの土地を売却し、資金を得ることになったのであるが、当初税務署の判断によれば、①夫から妻への贈与(贈与税が発生)、②妻の売却代金にかかる譲渡税が発生する。譲渡税は、夫が売却しようが、妻が売却しようが同額課税されるので問題はないが、問題なのは贈与税。贈与税と譲渡税、両方かかると大変な額になるので、贈与として妻名義にしたのは売るための工作であり、実態は夫がした売却で代金も夫のものである旨主張した。税務署側は「妻が土地を売却した際の売買契約書は、妻の売却の意思を確認した上で作成されたものであり、売買代金は妻名義の普通預金口座に入金され、管理、消費されている」として、土地の名義を形式的に妻に移転したと主張するも、名義および実質ともその土地の所有者は妻として、税務署は処分を行った。
 
しかし審判所は「その土地を贈与したとされる時点において夫は意思能力がなく、その後、夫が死亡するまでの間、その意識が回復し、妻への贈与を追認したとする証拠も認められない」とし、「妻名義に変更すれば土地を売却できると聞いた長女らが、成年後見制度を利用することなく安易に贈与登記により土地の名義を妻に変更したうえで売却を行ったにすぎない」と判断し、「この贈与は土地を売却するために行われた贈与意思のない形式的なものにすぎず、土地の夫から妻への贈与はなかったと判断するのが相当」とした。
 

この審判所の判断は重要である。なぜなら、アルツハイマーにかかった者の株や土地を勝手に身内の名義に移し、それらの財産を売り飛ばし、それぞれの預金口座に入金しても、「売却するためには私名義に変更するほかなかったので・・・」で堂々と贈与税を払わないで済み、アルツハイマーの人が訴えない限り(といってもその事実を知らされていないと思われるが)、それで完結してしまう。悪用されれば恐ろしい話で、多少ぼけても認知症のお墨付きをもらわないでおかないと、丸裸にされる老人も増えるかもしれない。