源氏物語が宮中で読まれていたことが文献に記されてから、今年(平成20年)11月1日でちょうど千年。それを記念したのが「源氏物語千年記」。私も見逃してはならぬと、それが催されているみなとみらい横浜美術館に、その日は土曜日であったが足を運んだ。
源氏物語を書いたのが紫式部であったのは事実だが、彼女の直筆は何も残っていない。写本だけが残っているのだが、源氏物語の翻訳だけでも既に25ヶ国以上の言語で出版されている。今やウクライナ語、モンゴル語まで進行中だとか。横浜美術館には当然、写本と物語を絵にした室町時代以降の作品が展示されているのだが、最近の画家では安田靫彦、上村松園などが素晴らしいタッチで絵巻物を表現している。「源氏物語千年記」に集められた数々の作品は、実は戦後、海外に売却され、それを買い戻したり、オークションで落札したりして、つまりかき集めたものである。従って、個人が所有しているものもかなりある。職業柄、ふと思ったのだが、このような高価な作品を所有している者が亡くなった場合、相続税の課税対象となる絵画の価値はどのようにして決められるのだろうか?
かつて、大昭和製紙の斎藤了英氏がニューヨークのサザビーズで、ピカソなどの絵画3点を7500万ドル(当時の円換算で100億円程度)で落札した。その数年後に同氏は亡くなった。亡くなった当時その絵画の実勢価格は、おりからのバブル崩壊で20~30%下落していた。相続税評価額は死亡時の時価なので、相続人はその時価を証明すべく名だたる鑑定人に依頼し、今これらの絵画を売却すればいくらの価格が付くのかを鑑定させた。いずれも取得した価格を20億円程度下回るものであった。ところが、税務署はその価額を否定し、買った時の7500万ドルの価額で申告するように更正決定し、争いは裁判所の場に持ち込まれた。
静岡地方裁判所の判決は次のようなものだった。「相続税申告書に添付された鑑定人の価額は、いずれも本件絵画の時価を反映したものではなく、本件絵画のオークションにおける確実に付くであろう最低限の価格、すなわち最低売却価格の見積にすぎないと解するのが相当であり、これらを基準に本件絵画の時価を判定することはできない」更に鑑定人についても、「鑑定人はいずれも美術館学芸員の地位にある者であり、世界的名画の歴史的価値や社会的価値については専門的知見を有しているものと解されるが、通常の業務として世界的名画の売買取引を行っている者ではないから、世界的名画の時価を判定する際の精通者意見として用いることはできないというべきである」として、その取得価格である7500万ドルで評価すべきであるとした。
何とも奇怪な判決である。この裁判では、そもそも裁判官は絵画の値打ちはわからない。芸術は理解できない。しかし、相続税対策で購入した絵画の時価は、その時の価格、つまり鑑定人がいかに評価しようとも、購入した時の価格を下回れば認めない。頭が固いというより、民を下げすんでいるようでもある。
テレビ東京の鑑定人の番組があるが、相続税法22条の時価とは路線価と同様、やはり官が決めた価格であり、民の偉い者の誰よりも強制力があるということである。源氏物語の官の自由奔放な絵巻物を見ながら時代の移り変わりを感じた次第である。
